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ひさびさサンパウロ

ようやく日誌を書く気分になった。ぽっかり空いた時間。
急いで仕事をする必要がなく、なおかつ物を書く気力が十分ある、そういう「ぽっかり」空いた時間というのは、なかなかないものである。本日はサンパウロに一週間の滞在の後、リオに戻って来た、その翌日。仕事生活に戻る前のぽっかり空いた一日である。

昨夜、バスで6時間揺られた後、すぐさまBipBipのホーダ「ボサノヴァの輪」で演奏。もはや超疲労状態。ホーダを終えて、さあ帰って眠れると思いきや、saideiraサイデイラ(「最後の一杯」の造語)をつきあってくれとある女友達に誘われ、はす向かいのバーへ。もうsaideiraで終わりと思ったら、「saideirissimaサイデイリッスィマ(ほんとに最後の一杯)!」、さらに「segunda saideirissima(二つ目の、ほんとに最後の一杯)!!」までつきあわされて、くたくたで帰宅。そんなわけで、翌日の午後である今も、疲れが取れず、まだ心身がぼんやりしているのだ。まさに「ぽっかり、ぼんやり」である。

ひさびさのサンパウロへの旅であった。リオとサンパウロを、この4年間に20回以上も往復しているのだから、「旅」という言葉はふさわしくないかも知れないが、実に半年ぶりの訪問だったので、少し旅気分であった。かの地には、日本人の友人も多く、また日系の親戚(移民の子孫)も大勢いる。つまり僕にとっては安心のできる土地で、サンパウロへ「行く」というべきところで、ついサンパウロに「帰る」という言い方をしてしまったりする。リオに居住するのだから「リオに帰る」というのが正しい使い方であろうが、4年住んでいても、心の底ではサンパウロにより親近感を持っているのかも知れない。

その親しみあるサンパウロへ半年も行かなかったのはなぜかと言えば、「録音が終了するまでは、どこへも遊びに行ってはいけないぞ」と自分に厳しく禁じたせいである。そう、つまり長かった録音がようやく終わったのである、。実際は、コーラスなど細部の録音がいくつか残っているが、もっともだいじな録音が全て終了したわけである。安心して、サンパウロで飲み、食べ、話し、笑い、歩き回ってきた。
サンパウロは、なにしろ日系移民が世界一多いところだから、和食には困らない。4年ぶりでおいしい「焼き鳥」も食べることができたし(その名も"yakitori"という店)、新鮮なかつおの刺身なんぞにもありつくことができた。しかしそれよりなにより嬉しいのは、友人相手に日本語を思う存分話すことができること。母国語というのはいいものだなあと心から思う。リオで、もっぱら「ひとりごと」と「思考」だけで日本語を使用している生活というのは、なかなか孤独な生活なのかも知れないな、とも思ったり。サンパウロに「帰って」、ブラジル人のポルトガル語並みの猛スピードで日本語を話す自分が頼もしい。

しかし、僕のサンパウロ滞在は日本へのsaudade(郷愁)を解消するだけでは終われない。偉大なピアニストWanderleyヴァンデルレイのお宅を再び訪問して、僕の昔のCD「風」を進呈するとともに、奥方Angelaアンジェラさん手料理のおいしいrabada(牛の尻尾煮込み)もごちそうになった。ひょんなことでリオで知り合った、極東の無名歌手をこうして古くからの友人のように厚くもてなしてくれる。ブラジルならではのことであろうと思う。僕の新CDの発表記念ライブへの出演もOKをいただいた。「あなたのショーにWanderleyが参加したくないなんてことはありえないわよ」と夫人が付け加えてくださった。
この国では、人と人の間に年齢やキャリアや名声の差といったものでできた「垣根」がないと実感することが多い。互いの間で真にだいじなことが、面倒な手続きなしに、より早く、ストレートにコミュニケートされている。かつて言葉の通じない見知らぬ者どうしが、臨機応変、力を合わさねば生き抜いてこれなかった移民の国、の特性であろうか。

また、有能な音楽プロデューサーであり写真家のWalterヴァウテルとの間で、新CDのジャケットデザインについての充実した打ち合わせを持つことができた。サンパウロでのCD発表記念ライブの会場探しも始めてくれるという。ほんとうに、友人ヴァウテルの協力には惜しみが無い。
打ち合わせの後は、共通の友人Aryアリーさんの店でワイン三昧。ブラジル南部のガウーショ(牧童)気分満点のワインバーである(ブラジル南部は有名なワイン産地)。リオが大嫌いなガウーショ、アリーさんの店で、リオがやはり嫌いな友人川原崎と、サンパウロの地方なまりのあるヴァウテルと、ブラジル南部で作られたワインを飲む。どうも、カリオカ音楽家としては、多勢に無勢のようだが、いや、これがいつも楽しい宴である。
ワインでほろ酔いになったところに、例によって(つまりいつも)、東洋人街リベルダーヂでカラオケバーを経営するHさん(元任侠道の重鎮)からのお誘い。川原崎とHさんと、今度はウイスキーで飲み直しである。Hさんが豪快についでくれるジョニ赤の瓶の頭が、我がグラスの水中深く突っ込まれているのを懐かしく眺めながら、頭の中が遥かになってゆく・・・

bar do Ary

かくして混沌のサンパウロの一週間は、あっという間に過ぎ、再び海と太陽のリオである。あと一ヶ月で、サンパウロのスタジオでCD制作の最終作業であるミックスが始まる。それまでに、録音と編集の「すべて」を完了させねばならない。時間はたっぷりある。今までと同じく、悔いの無いように、慎重に、作業を進めるのみである。
今日は休んで、旅の疲れをしっかり取ろう。明日から、仕事再開である。演奏のトレーニングもそろそろ再開しないといけないな。歌の録音と編集作業の毎日が続いて、どうも指がなまってきたようだ。いかんいかん。CDができた、が生演奏で再現ができない、ではすまされないからな。これから先は「すべて同時」に進めなくては。
僕は今、長きに渡った洞窟修行生活の中から、明るみへと徐々に出てゆく、そんな過程にいるのだろう。洞窟の暗がりに慣れた目には、ちょっと怖いような、しかし、行かねばならない。行かねば生きてゆけない。

そういえば、リオに住む人間とは思えないほど色が白くなってしまった。久々に、praia(砂浜)に出てみようか。海岸ウォーキングも再開して、なまった体も元に戻さなきゃいけないな。すべて同時、だ。うむ。

以上、ひさびさの航海日誌。「アルゴ号、潜水やめー、浮上せよ!」の巻であった。


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