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[C21]

久しぶりの臼田船長ライブ、堪能しました。
古くから聴いてきた身としては、旧曲が「今」の臼田の曲になっているのがなんともうれしい。

「臼田版『だれかが風の中で(木枯らし紋次郎)』を
 作曲者(小室等さん)、演者(中村敦夫さん)に聴かせる(聴いてもらう)会」
会員募集中です(冗談半分、本気半分)。
  • 2009-06-22 22:17
  • yam
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[C22] つらつらと…

5年ぶりの(日本への)帰国の凱旋初ライブの会場が"Bar Sem Nome"でしたよね。どの時のライブでもキャプテンの歌唱にブレはないはずですし、演奏技術はどの時にも間違いはないはずなのに、"Bar Sem Nome"での3度目のこの日のライブの出来栄えは、今までのどの時よりもとりわけ出色だったように、私には思えました。「日本語でないと情感が胸に届かない」と訴え続けている私のために、後半部分で日本語のオリジナル曲を披露してくださったからでしょうか?…もちろんそれもあったでしょう…けれど、当然のことながらそれだけの理由ではありませんよね。声の伸びと拡がりが"Bar Sem Nome"での今までのライブのどの時よりも圧倒的だったのです。懐かしさがじわじわと胸に迫ってきました。いつの間にか、time tripして【その昔】の新宿御苑近くでのライブの様子までが脳裏に浮かんでくるようでした。日本語のオリジナル曲は、歌い手としての初期の頃の作品のはずなのに完成度がとても高いことにも改めて驚かされました。"Bar Sem Nome"の隅々にまでusuda worldというかキャプテンの世界観が満ち満ちていった時間の厚みの中で、私は、今ではもう失われてしまっている「過去」と今、目の前にある「現在」という実存の只中を縦横無尽に行ったり来たりの「旅」をしているような感覚の中で「遊んで」いました。

いつだったかの年の瀬に、歌舞伎町のバーでやはり、木枯らし紋次郎のテーマ曲や日本語のオリジナル曲を聴かせていただいた時には、キャプテンの声を小田和正に似た声だと感じていましたが、この頃はそのようなことは(気がつけば)まったく感じなくなっています。「誰かに似た声」ではなく「キャプテンそのものの声」になっておられることに気づいて、そのことに気づいた自分にもはっとしました。

それから、mixi、発見しましたよ。「友人を探す」で検索をかけている時にはさっぱりヒットしてこなかったのですが、「コミュニティ」で検索しましたところ、「臼田道成」さんがすぐにトップに躍り出てきました。tiamoさんが応援サイトを立ち上げてくださったんですね!

俳優の大沢たかおさんが今年度から「ジェットストリーム」で空のキャプテンとして番組のナビゲーターを務めています。ある時、ふと聴いたその番組の中の特集で、ジョアンジルベルトの「つぶやくような」「語りかけるような」「ただただ言葉を繰り返し繰り返し囁いているような」ボサノバの曲を耳にすることがありました。私には音楽は分かりません。さっぱりダメなのです。音音痴であり音楽音痴なので通常は音楽に親しむことはほとんどありません。BGMですらノイズに感じられて頭がわさわさするほどの無粋ぶりです。活字が好きで活字なしには生活できない種類の人間なので、いつも本を読んでいるか、ポッドキャストで本に関する情報を浴びながら、そこに付随して流れてくる音楽だけは不承不承受け入れながら日々を過ごしているような人種なのです。そんな私が「何だ。こりゃ!」「まるでお経じゃないか!」とばかりに衝撃を受けたボサノバです。これはただごとではないと思いました。その時までは、キャプテンが尊敬してやまない先人だということにすら気づかないでいたほどの「ぬけさく」振りです。そんな風に激しい衝撃を受けておきながらそれにも拘わらず、その後も、音楽が私の人生観を変えるとか、音楽から不可逆的な影響を与えられるとかいったようなこともないのですから、いかに、私という人間や私の人生にとって音楽の欠落がno problemであるかということが分かっていただけると思います。哀しいかな…神様は音楽に対する感受性のアンテナを(私には)付け忘れてしまわれたようです。

最後に、私の父が生存中に大好きだったテレビドラマが、日本ものでは「木枯らし紋次郎」、外国版では「逃亡者」だったというエピソードをお伝えしておきたいと思います。私自身は、そういうドラマに夢中になっていた父がいた…という思い出があるのみですが、キャプテンは実年齢よりも古い時代の「作品」に親和性をお持ちのようにお見受けしています。私の父の世代とは何の符号もないはずなのに、キャプテンには昔の旧制高校の学生さんを彷彿とさせる佇まいを感じてしまいます。ブラジルやボサノバは旧制高校とは遠いところに位置しているはずなのに…不思議ですね。どこかでシンクロしているのでしょうか?どんなジャンルの価値観もコアの部分に根付いている心的現実は(目には見えませんが…)案外パラレルに脈々と近づいたり遠ざかったりしながら影響を与え合ってうねりをあげながら存在しているのものなのかもしれませんね。

ブログのコメントとしては長すぎてルール違反で失礼なのですが、連想が湧きに湧いてしまいました。個別にメールをお送りするよりはブログにコメントしたくなってコメントさせていただきました。

  • 2009-06-23 22:31
  • 謎の女ぬりかべ
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[C24] Obrigado!

yam君、
その通り、僕自身、「旧曲」でありながら心は新たに、まさに新レパートリーのように演奏していました。「臼田版紋次郎を(無理矢理)作者に聞かせる会」、二人目の入会のあることを期待します。僕は本気で、小室等さんにはいつか聞いて欲しいと思ってるよ。

そして、ぬりかべさん、
気持ちのこもったコメント、ありがとうございます。
よく、お察しくださいました。Bar sem nomeにて、過去3回の中でもっとも良い声で歌っていました。いやどうして、素晴らしい音楽耳をお持ちですよ。そして音楽が雑音に聞こえてしまうとのこと、僕も同じく、です。もうここ10年ほど、一枚のアルバムを最後まで通して聞き続けることのできない耳になってしまって、「果たして俺は音楽が好きなのだろうか?」と自問することしきりです。なにせ、尊敬するジョアン師匠のCDですら、最後まで聞けないのですから。その度、「僕にとって音楽はもはや恋人ではないが、結婚してしまっている」と考えて、それ以上悩まないことにしています。かなり重症です。悩みませんが。
そして、お父様のお好きだったという「紋次郎」と「逃亡者」。おお、なんと「逃亡者」まで、僕と趣味が重なるとは。もちろん、僕の場合再放送でしたが、あれは19歳のころ、大学受験のための浪人中に、深夜テレビで毎晩煎餅かじりながら見ていたものです。逃げ続けるリチャード・キンブル博士、デヴィッド・ジャンセン、ね。いい役者だった。紋次郎に重なるキャラクターですね。
確かに、僕は、旧制高校の時代に生まれるべき人間だったのかも知れません。子供の頃から常に日本の「現代」の中で居心地悪かったですから。そんな旧制、時代遅れの日本人が、リオで「おまえほどブラジル的な日本人は見たことがない」と、言われるのですから、世の中わからんですね。
さて、つられて僕も長いコメントを書いてしまいました。
返事にもなっていませんが、これにて。もう酩酊の時刻でもあるので。
またライブにお越し下さい。さらに良いライブになっている、はずです。

[C25] 管理人のみ閲覧できます

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[C27] Re: 椰子の実

ほんと、日本の梅雨は長いね。湿気にはリオでじゅうぶん鍛えられてきたが、太陽がない!のはどうもつらい。
「椰子の実」の、その浜、話には聞いていましたが、いつか訪ねてみたいです。
リオへは11月とのこと。僕は一ヶ月先に行くつもりです。
リオの夏、太陽を存分に楽しみましょう。

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Bar Sem Nomeにてライブ

barsemnome2009/6/21

昨夜は幡ヶ谷"Bar Sem Nome"にてライブ。この店では、昨年帰国してすぐに中さんと二人で演奏して以来、これが三度目のライブになる。非常にsimpatico(親しみを感じさせる)な空間で、写真ではよくわからないだろうが、僕の座る白木の椅子(長椅子)にはきれいな座布団が敷いてあり、これに座ると「主人、甘酒をひとつ」とでも声をかけたくなる風情。
さて、甘酒ならぬ火酒はしばし我慢して、演奏スタート。

第一部は、Oceanoに始まり、最近よくやるレパートリーから、ブラジル・オンパレード。前夜、リオのTito Madiに電話した際に約束した通り、彼の名曲"Chove la fora(外は雨)"も歌った。
そして第二部では実に久々、「いつもの土曜日」「恋は捨て身」「Koro's Song」といった、懐かしの自作曲を再演。中さんとこれらを演奏するのは実に10数年ぶりか。いや、僕自身、10年ぶりの演奏であった。前者2曲はCD「風」にも入っていないため、「僕が演奏しなければ、永遠に消滅してしまう」作品だ。そして臼田アレンジによる「木枯らし紋次郎」のテーマ「誰かが風の中で」も披露。編曲してから10年以上たってようやく、演奏に格好がついてきた気がする。芸ごとってのは、ほんと、時間がかかる。

帰国から7ヶ月を過ぎ、ようやく「日本人」に戻った今、再び日本語による自己の創作世界に目を向け始めたということなのか、ごく自然に歌う気になったものだ。これは何かの前兆だろうか。いやいや、身と心を削りながらの、あの創作地獄はもうご免だ。もちろん、新曲を創る必要性もここ数年感じてはいるが、「必要」を超えて「必然」になるのを待つのがよかろう。

しかしそれにしても、まるで他人の曲のように、解釈家として演奏したアンコールの「風」「Koro's Song」など、作った当時は、このように演奏したくてもできなかった、その演奏が今はできることを確認できた。演奏技術の向上のせいもあるが、「発酵」ということもあるだろうな。なにせ20年もの、だもんな。


semnome c/sorriso


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古くから聴いてきた身としては、旧曲が「今」の臼田の曲になっているのがなんともうれしい。

「臼田版『だれかが風の中で(木枯らし紋次郎)』を
 作曲者(小室等さん)、演者(中村敦夫さん)に聴かせる(聴いてもらう)会」
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  • 2009-06-22 22:17
  • yam
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[C22] つらつらと…

5年ぶりの(日本への)帰国の凱旋初ライブの会場が"Bar Sem Nome"でしたよね。どの時のライブでもキャプテンの歌唱にブレはないはずですし、演奏技術はどの時にも間違いはないはずなのに、"Bar Sem Nome"での3度目のこの日のライブの出来栄えは、今までのどの時よりもとりわけ出色だったように、私には思えました。「日本語でないと情感が胸に届かない」と訴え続けている私のために、後半部分で日本語のオリジナル曲を披露してくださったからでしょうか?…もちろんそれもあったでしょう…けれど、当然のことながらそれだけの理由ではありませんよね。声の伸びと拡がりが"Bar Sem Nome"での今までのライブのどの時よりも圧倒的だったのです。懐かしさがじわじわと胸に迫ってきました。いつの間にか、time tripして【その昔】の新宿御苑近くでのライブの様子までが脳裏に浮かんでくるようでした。日本語のオリジナル曲は、歌い手としての初期の頃の作品のはずなのに完成度がとても高いことにも改めて驚かされました。"Bar Sem Nome"の隅々にまでusuda worldというかキャプテンの世界観が満ち満ちていった時間の厚みの中で、私は、今ではもう失われてしまっている「過去」と今、目の前にある「現在」という実存の只中を縦横無尽に行ったり来たりの「旅」をしているような感覚の中で「遊んで」いました。

いつだったかの年の瀬に、歌舞伎町のバーでやはり、木枯らし紋次郎のテーマ曲や日本語のオリジナル曲を聴かせていただいた時には、キャプテンの声を小田和正に似た声だと感じていましたが、この頃はそのようなことは(気がつけば)まったく感じなくなっています。「誰かに似た声」ではなく「キャプテンそのものの声」になっておられることに気づいて、そのことに気づいた自分にもはっとしました。

それから、mixi、発見しましたよ。「友人を探す」で検索をかけている時にはさっぱりヒットしてこなかったのですが、「コミュニティ」で検索しましたところ、「臼田道成」さんがすぐにトップに躍り出てきました。tiamoさんが応援サイトを立ち上げてくださったんですね!

俳優の大沢たかおさんが今年度から「ジェットストリーム」で空のキャプテンとして番組のナビゲーターを務めています。ある時、ふと聴いたその番組の中の特集で、ジョアンジルベルトの「つぶやくような」「語りかけるような」「ただただ言葉を繰り返し繰り返し囁いているような」ボサノバの曲を耳にすることがありました。私には音楽は分かりません。さっぱりダメなのです。音音痴であり音楽音痴なので通常は音楽に親しむことはほとんどありません。BGMですらノイズに感じられて頭がわさわさするほどの無粋ぶりです。活字が好きで活字なしには生活できない種類の人間なので、いつも本を読んでいるか、ポッドキャストで本に関する情報を浴びながら、そこに付随して流れてくる音楽だけは不承不承受け入れながら日々を過ごしているような人種なのです。そんな私が「何だ。こりゃ!」「まるでお経じゃないか!」とばかりに衝撃を受けたボサノバです。これはただごとではないと思いました。その時までは、キャプテンが尊敬してやまない先人だということにすら気づかないでいたほどの「ぬけさく」振りです。そんな風に激しい衝撃を受けておきながらそれにも拘わらず、その後も、音楽が私の人生観を変えるとか、音楽から不可逆的な影響を与えられるとかいったようなこともないのですから、いかに、私という人間や私の人生にとって音楽の欠落がno problemであるかということが分かっていただけると思います。哀しいかな…神様は音楽に対する感受性のアンテナを(私には)付け忘れてしまわれたようです。

最後に、私の父が生存中に大好きだったテレビドラマが、日本ものでは「木枯らし紋次郎」、外国版では「逃亡者」だったというエピソードをお伝えしておきたいと思います。私自身は、そういうドラマに夢中になっていた父がいた…という思い出があるのみですが、キャプテンは実年齢よりも古い時代の「作品」に親和性をお持ちのようにお見受けしています。私の父の世代とは何の符号もないはずなのに、キャプテンには昔の旧制高校の学生さんを彷彿とさせる佇まいを感じてしまいます。ブラジルやボサノバは旧制高校とは遠いところに位置しているはずなのに…不思議ですね。どこかでシンクロしているのでしょうか?どんなジャンルの価値観もコアの部分に根付いている心的現実は(目には見えませんが…)案外パラレルに脈々と近づいたり遠ざかったりしながら影響を与え合ってうねりをあげながら存在しているのものなのかもしれませんね。

ブログのコメントとしては長すぎてルール違反で失礼なのですが、連想が湧きに湧いてしまいました。個別にメールをお送りするよりはブログにコメントしたくなってコメントさせていただきました。

  • 2009-06-23 22:31
  • 謎の女ぬりかべ
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yam君、
その通り、僕自身、「旧曲」でありながら心は新たに、まさに新レパートリーのように演奏していました。「臼田版紋次郎を(無理矢理)作者に聞かせる会」、二人目の入会のあることを期待します。僕は本気で、小室等さんにはいつか聞いて欲しいと思ってるよ。

そして、ぬりかべさん、
気持ちのこもったコメント、ありがとうございます。
よく、お察しくださいました。Bar sem nomeにて、過去3回の中でもっとも良い声で歌っていました。いやどうして、素晴らしい音楽耳をお持ちですよ。そして音楽が雑音に聞こえてしまうとのこと、僕も同じく、です。もうここ10年ほど、一枚のアルバムを最後まで通して聞き続けることのできない耳になってしまって、「果たして俺は音楽が好きなのだろうか?」と自問することしきりです。なにせ、尊敬するジョアン師匠のCDですら、最後まで聞けないのですから。その度、「僕にとって音楽はもはや恋人ではないが、結婚してしまっている」と考えて、それ以上悩まないことにしています。かなり重症です。悩みませんが。
そして、お父様のお好きだったという「紋次郎」と「逃亡者」。おお、なんと「逃亡者」まで、僕と趣味が重なるとは。もちろん、僕の場合再放送でしたが、あれは19歳のころ、大学受験のための浪人中に、深夜テレビで毎晩煎餅かじりながら見ていたものです。逃げ続けるリチャード・キンブル博士、デヴィッド・ジャンセン、ね。いい役者だった。紋次郎に重なるキャラクターですね。
確かに、僕は、旧制高校の時代に生まれるべき人間だったのかも知れません。子供の頃から常に日本の「現代」の中で居心地悪かったですから。そんな旧制、時代遅れの日本人が、リオで「おまえほどブラジル的な日本人は見たことがない」と、言われるのですから、世の中わからんですね。
さて、つられて僕も長いコメントを書いてしまいました。
返事にもなっていませんが、これにて。もう酩酊の時刻でもあるので。
またライブにお越し下さい。さらに良いライブになっている、はずです。

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[C27] Re: 椰子の実

ほんと、日本の梅雨は長いね。湿気にはリオでじゅうぶん鍛えられてきたが、太陽がない!のはどうもつらい。
「椰子の実」の、その浜、話には聞いていましたが、いつか訪ねてみたいです。
リオへは11月とのこと。僕は一ヶ月先に行くつもりです。
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