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ひさびさの雨降り

38graus


写真の気温掲示板が示すような、熱暑が続く毎日だが、今日はようやく雨降り。
ほっとするような涼しさである。
カーニバル騒ぎもおわり、リオはこのしっとりした雨とともに日常を取り戻しているようだ。
さて、うっかり本ブログおよびサイトに掲載することを忘れていた、サンパウロの雑誌Pindoramaへの「新・一枚のブラジル音楽」原稿がふたつ。
今日は、まず8月号の記事をご紹介。




ToninhoCapa

Toninho Horta “Durango Kid”
トニーニョ・オルタ 「ドゥランゴ・キッジ」

「あなたに大きな影響を与えたブラジルのミュージシャンは誰ですか」と問われるとき、当然のように私は「ジョアン・ジルベルトとアントニオ・カルロス・ジョビンです」と答えるならわしだが、実はブラジル音楽に出会って25年になる私がもっとも長い時間耳にしてきた音、それはミナス・ジェラエス州出身のギタリスト、ヴォーカリスト、作曲家トニーニョ・オルタの音楽であった気がする。いや、気がする、ではない、確かにそうであった。音楽家臼田道成に影響を与えた音楽、としてでなく、私の日々の心の友であり、慰めであり、励ましであり続けた音楽として。そして今でもそれは変わらない。

トニーニョのギターと声とは、まるでミナスの高原を、山脈を、悠々と渡る風のようだ。あるときは、優しく私の耳たぶをくすぐるようにそよぎ、またあるときは疾風のように、私の体を揺らして駆け抜ける。爪でなく、指先そのもので弾かれる彼のアルペジオは、雑音がなく、柔らかで、ささくれだった私の心を優しく包みこむ。右手の中指一本だけによるユニークなストローク奏法は、どんなに激しくかき鳴らしても、軽やかさを失なわず、決して私の心を脅かさない。猛スピードで突き進むサンバのバチーダも、まるでサッカーの見事なドリブルでも見るような躍動的な楽しさにあふれて、私の心を快活にする。テンション・ノートに満ちた複雑な和音も、心地よいバイブレーションで私の心の凝りを解きほぐす。
そして、そのギターの音色は、トニーニョの、人為のない、そしてしばしば言葉も省かれた天然の歌声と一体となって、親しげに私の心を、旅へといざなう。私が本来あるべきところへ、私が本来あるべき状態へと。私は、知らずトニーニョの風のような音楽にさらわれ、私の「心のふるさと」、のようなところへと、しばし旅をする。懐かしい子供のころや、失われた人々、失われた場所へと旅をするのだ。そして、少年の頃に誰もが抱いていた、あの未来への希望や勇気を思い出す。希望や勇気、などと聞いて、笑ってはいけない。誰にも真似のできないほど複雑で精巧なトニーニョの音楽が伝えようとしていることは、実はとてつもなく素朴で、純粋なものだ。
トニーニョ・オルタの音楽とは、私たちの中で忘れ去られようとしている、だいじなものを思い出させ、そして明日へ向かって生きる力を与えてくれる音楽だ。

そんなトニーニョ・オルタ芸術の記録としての最高峰、と私が思っているのが、今回ご紹介する“Durango Kid”である。全10曲中、歌詞を伴って歌われているのはわずか2曲のみである。トニーニョ節とも言うべき独特の「イナー」「イレー」という声と、これもトニーニョ節と言える、独特の奏法によるギターだけのシンプルなスタイル。まさにトニーニョ・サウンドの核心に触れることができる一枚だ。そして、歌詞の歌われる、第一曲目“Ceu de Brasilia”、最終曲“Durango Kid”を聞けば、このトニーニョ・オルタという男が、「弾き語り王国」ブラジルにおいて、ジョアン・ジルベルト、ジョアン・ボスコと並ぶ「弾き語り三傑」の一人であるという私の意見に、誰もが納得するであろう。
また、演奏だけでなく、彼の手になる楽曲も、素晴らしいものばかりであることも付け加えておかねばならない。複雑な和音の上で歌われる彼のメロディは、どれもシンプルな美しさと優しさと力強さとに満ちている。

音楽家にはいろいろなタイプがあって、例えば、僧侶のような音楽家とか、予言者のような音楽家とか、革命家のような、またはアスリートのような、とか、まあいろいろあるのだが、トニーニョに関しては、この「のような」に当てはまるものが、どうも思いつかない。つまり、トニーニョは100%音楽家であるということだ。彼の体のどこを切っても、音楽という血、いや「風」が流れ出て来るだろう。全身これ音楽、のような人だ。10年以上前に彼の演奏を会場最前列、3メートル足らずの距離で見る機会を得たが、それが実によくわかったものだ。
しかし何よりだいじなのは、その彼の体から流れ出てくる音楽が、私たちに明日を生きる希望と勇気を与えてくれることだ。今日の音楽に、いや芸術に真に求められるのは、そうしたものなのではないだろうか。少なくとも、私はもう、そうした力を持たない音楽は聞く気にもならないし、また演奏する気にもならない。

さて、ここに至って、どうやら「トニーニョ・オルタの音楽が、音楽家臼田に影響を与えてない」なんて認識が、とんだ誤りであることが判明したようだ。
トニーニョの「風」は、音楽家臼田の進もうとする方角へ、いつだって追い風のように吹いていたのだった。「そうだ、ミチナーリ!それでいいんだ!行け!」と励ましながら。

註:
爪でなく、指先そのもの:一般的にギターは、伸ばした爪で弾かれる
アルペジオ:和音を、一本ないし二本の弦ずつ分けて弾く奏法。分散和音。
ストローク奏法:複数の弦を、指またはピックで、弾き下ろしたり弾き上げたりして、同時に鳴らす奏法
サンバのバチーダ:サンバのリズムを模しながら弦をつま弾くギターの和音奏法。
テンション・ノート:基本的な三和音の構成音に対して、緊張感を生じさせる、不協和的要素を持った音のこと。

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