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チト・マージ氏宅訪問

tito madi no globo


昨日、歌手Tito Madiチト・マージ氏のお宅を久々に訪れた。チト氏は、現在79歳。50年代、60年代のコパカバーナが最も華やかだった時代の夜を代表する偉大な歌手である。作曲、歌唱両面で、Lucio AlvesやDick Farneyなどと並んでボサノヴァの先駆者(プレ・ボサノヴァ)の一人とも言われる。僕は、日本にいる頃から、しっとりとした情感で歌うチト氏のファンであり、特に彼のつくった名曲「Chove la foraショヴィ・ラ・フォーラ」は好きで、今回の僕のCDにも入っている。
2年ほど前にコパカバーナのお宅を訪問した際に、「超」緊張しながら、「Chove la fora」の他、「Cansei de ilusoes」、「Gauchinha bem querer」,「 Balanco zona sul」など、彼の曲を、作曲者の目の前で演奏披露したものだ。チト氏は、たいへん心優しい紳士で、その晩、僕ひとりのために、未発表曲を次から次へと、キーボードで弾き語りしてくれた。 奥様は7年前に亡くなられたとのことで、犬とふたりきりの寂しく静かな生活ぶりのようだった。

その後、もう一度訪ね、また彼のショーにも何度か足を運んだが、僕は苦難のCD制作に入り、自然、ご無沙汰することになった。ああ、早く完成させて、できあがった「Chove la fora」をお聴かせしなきゃ、と思いながらも、制作が遅れに遅れてゆくうち、今年始め、チト氏が脳の病気で倒れたことを人づてに知った。病の重さもわからなかったので、どうも電話する気にもならず、それから半年がたってしまったが、僕のCDの音もようやく完成し、なぜだかチト氏は元気でいるような気がして、ふと電話する気になった。果たして、彼はあののんびりとした優しい声で「アーロー。おおミチナーリ、おまえ消えちまったじゃないか」と応じてくれた。よかった、元気だ。
病の後遺症で、歩くことができないということだったが、声には力があり、ピアニストを招いて歌の練習もしているようであった。僕のCDの音が完成したと告げると、「それを持ってうちに来なさい」という。
そして昨日、チト氏を訪問。
かなり痩せて、脚なぞは棒のようだったが、お手伝いのおばさん家族、チトの息子や娘たちが、だいじに面倒をみているようで、顔色よく、食欲も旺盛。歌はまだ、本調子に行かないとぼやいていたが、未完成の新CDの残り4曲を録音するのだと、歌手としての再起に向け、気力は十分と見た。79 歳で病に倒れながら、舞台へ「再起」を目指す。すごいもんだ。僕の父も82歳で現役の医師。これもすごい。ジョアン・ジルベルトも76歳で世界ツアーをする現役。みんなすごいもんだ。僕も一生現役、を目指したい。

ジョアンと言えば、実は、このチト氏、おそらくこの世界でジョアンをもっとも嫌っている人物なのである。というのも、ジョアンが「chega de saudade」で成功をおさめる以前の無名貧乏時代のこと、すでに歌手として名を成していたチトは、彼によると「5日間だけ」ということで、ジョアンに宿として自宅を提供したそうだが、結局「5ヶ月」居座ったあげく、金銭的にも迷惑をかけ、チト氏曰く「一度も感謝の情を示したことがない恥知らず者」だそうで、あげくの果てに、これはジョアンの成功の後の事件だが、ある音楽賞授賞式の楽屋で、ジョアンはチト氏の頭部をギターで殴り大出血させ、裁判沙汰にまで発展しているのだ。チトは「まだこの頭に傷跡があるんだ」とぼやいていた。静かな語り口の中にも、「あいつだけは絶対に許さん」というチトの根強い怒りを、僕は感じたものだ。
前回にも書いた、ジョアンの長年のマネージャー、オターヴィオ氏は、実はチトのマネージャーも務めたことがあるので、ある時その一件について尋ねたところ、「うむ、実はあの頃のジョアンはボサノヴァの奏法の発明直後の興奮した精神状態にあってね、誰でもいいから殴りたかった、と思うのだよ、・・しかし、なぜチトが標的になったか・・」と語ってくれた。ジョアンの事情がいかなるものであれ、チト氏としてみれば、とにかく、こんな言語道断なヤツはいないわけである。チト氏は、精神のバランスのとれた人格者である。と同時に偉大な芸術家であるが、偉大な芸術のために他人を犠牲にするという行き方には、とうてい理解を示す人ではない。

実は、一昨日のGLOBOグローボ紙(ブラジルを代表する新聞の一つ)の文化面、1ページいっぱいにチト氏の写真と、彼に関する記事が載ったのである。ボサノヴァの先駆者と言われながら、あえて、ボサノヴァのグループから距離を置いて来たことのいきさつや、ジョアンとの問題などが書かれていた。当然、ギター殴打事件のことにも触れている。
僕としては、すでに前回書いたようにジョアンは、自分をここまで導いて来た「遠く輝く星」であるから、尊敬するチト氏がジョアンを嫌っているという事実については、つらい思いを禁じ得ない。
昨日僕のCDをお聴かせした際も、チトは僕のギターを褒めながら、「うまいぞ。ジョアンより、うまいぞ」と笑わずにおっしゃる。冗談の中にすら、ジョアンへの嫌悪がある。

僕のCDに関しては、ふたりで全部通して聴いて、そこへチトの息子さんRicardoヒカルドも現れ、また全部通して聴いて、ご両人とも気に入ってくださった。僕の歌った「Chove la fora」もどうやら「合格」したようだ。ああ、時間がかかったなあ、チトにお聴かせするまで。「体調が良ければ、おまえのショーに行くぞ」とおっしゃってくれた。チト氏が来てくれたら、ほんとに嬉しいことだ。ちなみに、僕のショーが行われるビルには、ジョアンが住んでいたのだ。近所へ引っ越したそうだが。ニアミス、だな。
偉大なチトと、彼がもっとも嫌う、偉大なジョアン、その双方に、僕は心からの尊敬を込めて、CDを進呈するつもりだ。

そろそろおいとましようとすると、「なんだ、おまえ、おれたちと一緒に晩ご飯食べないのか?そうか、帰るか。でも消えるなよ。また来いよ」と、ほんとに心の温かい人だ。ありがとう、チト翁。 あなたには、まだまだ舞台で歌ってほしい。これが歌手というものだ、と僕らにまだまだ示し続けてほしい。日本には百歳過ぎても歌い続けた岡本文弥という人もいたんだ。 頑張ってくださいよ、チト!


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