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長い夜のどこかで

本日はアルバム9曲目「長い夜のどこかで」をご紹介。
このアルバム13曲の中で、曲の体格から言って「嘆きの星」「世界中を青い空が」と並んで「重量級」トリオの一角。
これを作曲した直後、「お、これはスメタナの『モルダウ』ではないか!」と驚いた。確かに冒頭の2小節はモルダウにちょっと似ている。
そして、歌詞はというと、その頃映画館で観たジム・ジャームッシュ監督の"Night on earth"(邦題「ナイト・オン・ザ・プラネット」)にインスピレーションを得て書いたものだった。同じ時刻に地球上の5都市の片隅で展開する様々な人間模様を描いた映画。この歌の中では「夜の闇(ある若者)」「日照りの大地(民衆)」「青い海(神)」「遠い星(宇宙人)」「この街(私)」「暗い夜空(天使)」と場所と主人公が次々と移り変わる。
思えば、95年発表の旧アルバム「風」は自分、すなわち臼田道成本人の心の物語、経験を歌ったものが殆どだった。タイトル曲「風」然り、「その夢にかえて」然り、「心のアルバム」然り。
が、今回のアルバムでは、歌手臼田は、より「語り部」となっている。
そうだ、思い出した。その昔、ある作詞家(松任谷由実さんのお弟子さんとか)に、こうアドバイスされたことがあった。「臼田君の歌を聴くと、聴き手の女の子たちは臼田君本人のことを考えてしまう。彼女たちの彼氏を思い浮かべるような歌詞にしなきゃいけない」とのたもうた。「てやんでぇ、聴き手が俺のこと考えて、どこが悪いんだ!」と若い臼田は腹の中で断固抵抗したものだ(笑)。
さて、どうだ、時を経て、臼田は自分のことを語らなくても自己を表現できるようになりましたとさ。
人間、焦ってはいけない。人にはそれぞれの、成長の速度、過程があるのだから。「臼田君はこうしなくちゃ、いけない」なんて言っちゃいけない(笑)。
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trombone, piano, keyboards 池田雅明
acoustic / electric guitar 松尾和博
drums 石川智
backing vocal 臼田道成

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いつもの土曜日

本日は、アルバム「世界中を青い空が」から8曲めの「いつもの土曜日」をご紹介。
一聴しておわかりのようにワルツである。臼田道成はワルツが好きなのである。というか、何か作曲しようとすると、自然にワルツになってしまうようだ。なにせ、高校生の頃ピアノで初めて作った曲がワルツだし、初めて作詞作曲した「その夢にかえて」(アルバム「風」所収)もワルツ。30歳の頃、なんと夢の中で作った曲も、ワルツだった(浴衣姿の松坂慶子が小川の岸辺にしゃがんで物憂げに川面を見つめている。こちらに背を向けているので顔は見えていないが、僕にはそれが松坂慶子だとわかっている、そんな夢)。そうそう、すでにご紹介したアルバム5曲め「夢そのままで」も三拍子。
さて、自然にワルツになってしまう、と言いながら、実はこの「いつもの土曜日」には、あるお手本があった。リオを賛美する名歌"Valsa de uma cidade"(ある街のワルツ)である。カエターノ・ヴェローゾの歌でこの曲を知り、なんて美しい曲だろう、こんな曲が書けたらなあと思っていたら、この曲「いつもの土曜日」ができたのだ。作曲の種明かしをする作曲家も珍しい(笑)。いいんだ、別に。お手本があろうと、これは、断じて盗作なんかではない、明らかに僕の作品なのだから。しかも歌詞は、街を賛美する歌でなく、妻への感謝の歌。これもお手本、いや、モデルとなるご夫婦があった。誰とは言わないが、この曲が喚起するイメージにぴったりのご夫婦だった(と勝手に感じた)。
創造は、模倣から始まるとは真実で、しかし、お手本なりモデルへの「感動」が根本にあるならば、その模倣は必ずや良き創造につながる、と僕は信じる。

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保谷

本日は、アルバム「世界中を青い空が」から7曲めの「保谷」をご紹介。全13曲なので、これがアルバムのど真ん中。この曲は、あまりに異色なので、ボーナストラックにするか、などと考えていたものだ。しかし、アルバムはきっちり「世界中を青い空が」で終わらせたい。さて・・と思ったが、ど真ん中は、結構良いポジションだったと思う。
「異色」と書いた。何が異色であるか。まず、今回のアルバムでこの曲だけが共作であること。いや、共作、などと、畏れ多い。「戦後最大の詩人」と言われる田村隆一氏の詩に、勝手にこの僕が曲を付しただけのことだ。あれは1998年8月の末。作曲に行き詰っていた臼田は、たまたまピアノの上に置いていた田村隆一詩集をパラパラとめくり、たまたま目に留まった「保谷」という詩を眺めるうち、あっという間に曲が付いてしまったのだ。意図した出来事ではない。つまり「事件」だ。そして、翌日の夜、医学部時代の先輩から電話があり、「臼田、田村隆一が亡くなったぞ!」との訃報を受けた。しばし呆然とする。昨日、大詩人の小さな詩に曲を付したばかりなのに・・。田村隆一氏、1998年8月26日逝去、とある。ならば、曲が生まれたのは、8月25日であったのか、または26日、亡くなった当日であったのか、もはや記憶は定かではない。
この夏、8月26日に川口のリリア音楽ホールで行われた僕のコンサート、「イパネマの娘」というタイトルのボサノヴァ・コンサートではあったが、アンコールで、この「保谷」を歌わせていただいた。ボサノヴァではない、が、誰がなんと言おうと、歌うつもりでいた。ちょうど19年前のこの日に亡くなられた、「保谷」の詩人に敬意を表さねばならないと思った。
今回、このアルバムに収めるにあたり、著作権者様、つまりご遺族から許可をいただくことができた。なんとありがたいことであろう。詩と酒を心から愛し、そして詩と酒の神からも愛された我がアイドルであり、大詩人である田村隆一の言葉を、僕の声で皆さんに伝えることができるなんて。そして、この詩の最後にある、決意の数行は、田村さんの決意であったと同時に、我々、創造を仕事とする者たちへの、田村さんの激励であり、我々が旨とすべき指針であるはずだ。「保谷」は僕の座右の歌であり続けるだろう。誰がなんと言おうと。

 ぼくは悲惨をめざして労働するのだ
 根深い心の悲惨が大地に根をおろし
 淋しい裏庭の
 あのケヤキの巨木に育つまで

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歌とピアノ:臼田道成

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My Bright Night

僕は「ボサノヴァ演奏家」である。というか、「音楽家と言っても、あなたの専門は何ですか?」と問われれば「ボサノヴァです」という習わしである。なのに、である。この新譜の全13曲のうちボサノヴァと呼べそうなものは、この6曲めの"My Bright Night"一曲である。あと「ルドンの蝶」に部分的にボサノヴァのリズムが使われているのみ。ボサノヴァ演奏家の看板返上かと疑われても仕方がない。しかも、その唯一のボサノヴァ曲が、真正ボサノヴァではない。パーカッションで参加してくれた石川君曰く、「ハワイアン・ボッサですね!」と明るく理解してくれた(笑)。ハワイアン・ボッサなるものが存在するのかどうか知らないが、その通りである。第一、ウクレレが使われている。カヴァキーニョですらない。しかも歌は抑揚たっぷり、いわば「ボサノヴァ歌謡」。が、それゆえ今回のアルバムに入れたとも言える。他の情緒たっぷりの歌謡たちと同居できたのだ。
それともう一つ、この曲に関して作者である私自身がはっきり言えること、そして他人には言わせたくないことは、楽曲そのものとしては決してクオリティの高いものではないということ。すでにご紹介した「波と二人の唄」「メロスの夢」にしろ、これからご紹介する予定の「いつもの土曜日」「恋は捨て身」にしても、同様に曲のクオリティはさほど高くない。思い出してみれば、だからこそ、それらの曲たちは、旧作アルバム「風」(95年発表)のための選曲に「落選」したのであった。そう、今回のアルバムにこれらの曲が入るならば、「アルバムタイトルは『落穂拾いだ!』」と冗談半分に言っていたくらい、ボツ作品の集まりなのである。しかしながら、今の臼田道成が、この声で、この表現力で歌うと、楽曲そのもののクオリティを超えることができることも、わかったのであった。
良き作品、というか、良き「原作」には、それ自体で美しい完成品として成立してしまうものと、それ自体としては未完成で、演者の協力を得て初めて完成するものとの二種類があると思う。思うに、これら「落穂拾い」組は後者に属するのだろうな。
作曲作詞した27歳の臼田道成は、52歳の演者臼田道成の到来を待っていたのかも、しれない。いやはや、気の長い話だ。今の僕に77歳の演者臼田道成を待つことができるか...? 無理だろうね(笑)。

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臼田道成 guitar
松尾和博  ukulele
池田雅明  piano,keyboards
小島のり子 flute
石川智 percussion

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夢そのままで

本日は5曲めの「夢そのままで」をご紹介。
今回のアルバムには古い曲が多いが、その存在すら忘れていたというのは、この曲だけだった。まさに引き出しの奥でひっそりと眠り続けていた曲。
数年前、「なんだこれは?」と「ラララ〜♫」と歌詞のない、ギターとピアノとパーカッションの簡素なアレンジを自ら施した音源を聴くや、涙が頬を伝った。お恥ずかしい話だが、その存在すら忘れていた自らの曲に「再会」し、感動してしまったのだ。しかし、思えばこの曲を作り終えた頃に、私臼田はシンガーソングラーターであることを、あきらめたのだった。そして、ボサノヴァ演奏に専念することになった。なぜ、あきらめたのか。作曲の苦しみが耐え難くなったからと記憶している。徹夜でピアノの前で頑張り、日が昇ると、今夜もまたできなかったかという落胆の中、ウイスキーを流し込んで、グラスを手にしたまま、うつ伏せのまま眠りに落ちる・・というような生活を続け、このままでは早死にするだろうと確信した。同時に、「十曲作る間に、おれは千曲歌えるだろう」とも確信した。不器用な作曲家として頑張って死を急ぐより、生きてたくさんの曲を歌っていこう、そして自分も幸せになり、ひとも幸せにしてゆこう、と思ったのだ。
しかし長い時を経て、この曲を「発見」した驚きと感動は、ボサノヴァ演奏とは別に、再び創作の道へ戻るための、大きなきっかけになった。
奇しくも、昨年つけた歌詞には「悔し涙に夜を駆けながら、君は大切なその夢を握りしめ、捨てようとした♫」と歌っている。まるで、あの頃の自分のようではないか。が、もちろん、そんな懐古の念は毛頭ない。この歌は、まさに今、苦難の道を行くひとへ向けて送る、臼田としては、初めてと言っていい「励ましの歌」である。僕は昔から、無責任な励ましの歌は、決して書くまい、歌うまいと思ってきた。が、50の齢を越した今、ごく自然にそれができるようになってきたのだ。
このアルバムは、タイトル曲「世界中を青い空が」を世に出すために制作されたと言っても過言ではないが、しかし、この「夢そのままで」、負けていないな。頑張れ、「夢そのままで」。そして静かに光れ、アルバムの中で。聴く人の心の中で。

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